はじめに:ものづくりの未来を守るために
私たち株式会社四方継は、建築を単なる「モノ」づくりではなく、人、街、暮らし、文化を継ぎ、未来を創造する「コト」づくりだと考えています。
しかし今、日本の建築業界は深刻な課題に直面しています。それは、未来の担い手となるべき職人の不足です。技術を持つベテラン職人は高齢化し、若い世代がこの業界に入ってこない。このままでは、何百年も受け継がれてきた日本の建築技術や文化が途絶えてしまうかもしれません。
この危機感を背景に、私たちは2023年4月、「マイスター高等学院」という革新的な教育機関を開校しました。これは、高校卒業の資格を取りながら、大工など建設業における職人としての技術を身につけることができる、日本でも珍しい通信制高校です。
従来の教育システムでは見過ごされがちだった「ものづくりの才能」を持つ若者たちに、新しいキャリアの道を示す。それがマイスター高等学院の使命です。
なぜ今、マイスター高等学院が必要なのか
加速する職人不足という現実
建設業界の職人不足は、もはや業界全体の危機といっても過言ではありません。特に大工職人の数は年々減少しており、10年前、20年前と比べると、その減少スピードは驚くべきものがあります。
この問題の根本にあるのは、若者が職人という職業を選ぶ機会が少ないという現実です。普通高校では大学進学が前提とされ、工業高校でも座学中心のカリキュラムが多く、実際に手を動かして技術を学ぶ機会は限られています。
「手に職をつけたい」「ものづくりが好きだ」という才能を持つ若者は確実にいます。しかし、現在の教育システムでは、その才能が埋もれてしまっているのです。
隠れた才能を見つけ、開花させる
マイスター高等学院は、まさにこの「隠れた才能」を見つけ、開花させるための学校として構想されました。
私たちが大切にしているのは、学力だけで人を判断しないということです。机に向かって勉強することが得意ではなくても、実際に木材を加工したり、道具を使いこなしたりすることに天才的な才能を発揮する若者がいます。
当学院では、こうした生徒たちに高校卒業という社会的な基盤を提供しながら、同時に彼らの得意分野である「ものづくり」の技術を徹底的に磨く環境を用意しています。
通信制高校の仕組みを活用することで、座学の時間を最小限に抑え、実技や現場経験に多くの時間を割くことができる。これが、マイスター高等学院の大きな特徴です。
丁寧なものづくりの哲学を受け継ぐ
図面だけでは伝わらない技術の価値
私たち四方継が30年近く建築に携わってきた中で確信していることがあります。それは、本当に価値のある建築を生み出すのは、図面や設計図だけではないということです。
例えば、私たちが手がけた「スキップの家」の断熱気密工事では、すき間から空気が漏れないように、一つひとつの接合部を丁寧に施工していきます。この「丁寧さ」こそが、建物の性能を決定づけるのです。
また、左官工事の下地として行う「木摺り」という技術があります。これは柱の両側に細い木を細かいピッチで留めていく作業で、完成すると壁の中に隠れて見えなくなってしまいます。しかし、この見えない部分にこそ、職人の技術と誇りが込められているのです。
受け継がれる価値のある住まいづくり
私たちは「四方良し」という理念のもと、作り手、住み手、協力会社、地域社会のすべてが良くなる建築を目指しています。
その実現のために、高い断熱性能を持つGX志向型住宅や、愛知県産の天然乾燥杉材を使用した空間づくりに取り組んできました。過去には、高性能ゼロエネルギー住宅「SUMIKA-ZERO(スミカゼロ)」を開発し、国土交通省のゼロエネルギー推進化住宅に認定されたこともあります。
現在進行中のプロジェクトでは、「KANSO」という構法を日本国内で3棟目として採用し、スイスの建築家とも連携しながら、最先端の技術探求を続けています。
マイスター高等学院の生徒たちは、こうした最先端の技術と、伝統的な丁寧な技術の両方を学ぶことができる環境に身を置くことになります。
マイスター高等学院の教育プログラム
高校卒業資格と専門技術の両立
当学院の最大の特徴は、「高校卒業資格」と「職人技術」の両方を同時に習得できる点です。
通信制高校の仕組みを活用することで、必要最小限のレポート提出やスクーリングで高校卒業に必要な単位を取得しながら、残りの時間を実技訓練や現場経験に充てることができます。
具体的には、週の大半を実際の建築現場や工房で過ごし、木材の加工方法、道具の使い方、図面の読み方など、基礎から応用まで体系的に学んでいきます。
座学が苦手だった生徒も、実際に手を動かしながら学ぶことで、驚くほど技術を吸収していきます。「これなら自分にもできる」という自信が、さらなる成長につながるのです。
現場で学ぶ実践的カリキュラム
教科書や動画だけでは決して身につかないのが、職人の技術です。木材の感触、道具の重み、作業のリズム。これらは実際に現場で体験しなければ理解できません。
当学院の生徒たちは、私たち四方継が手がける実際の建築プロジェクトに参加します。先輩職人の指導のもと、最初は簡単な作業から始め、徐々に難しい技術に挑戦していきます。
失敗することもあります。しかし、その失敗こそが最高の学びになります。なぜ失敗したのか、どうすれば改善できるのか。先輩職人が一つひとつ丁寧に教えてくれる環境があるからこそ、生徒たちは着実に成長していくのです。
職人起業塾との連携で描く未来
技術だけでなく、キャリア観も育む
マイスター高等学院の背景には、私たちが2013年から取り組んできた「職人起業塾」の成功経験があります。
職人起業塾は、社員大工のキャリアアップと地域の職人の活性化を目的に開講した研修事業で、2016年には一般社団法人として法人化し、全国に展開しています。
ここで重要なのは、この塾が単に独立開業を促進するものではないということです。私たちが目指しているのは「イントラプレナーシップ」、つまり組織内で起業家精神を持って働く人材の育成です。
自ら考え、行動し、価値を生み出すことができる。そんな次世代のリーダーとしての職人を育てることが目標なのです。
人生を変える体験が人生を変える
私たちの代表・高橋剛志は、「ものづくりの担い手を子供の憧れの職業にする」という目標を掲げています。
そのために大切にしているのが、「人生を変える体験が人生を変える」という理念です。
マイスター高等学院の教育プログラムは、単に技術を伝授するだけではありません。生徒たちがプロフェッショナルとしての誇りや責任感を育み、「住まい手がまだ気づいていない望みを形にする技術者集団の一員」となるための洞察力とコミュニケーション能力を養うことも重視しています。
卒業後は、職人起業塾のような高度なキャリア研修を受けながら、さらに成長していく道が開かれています。高校卒業時点で終わりではなく、そこから本当のキャリアが始まるのです。
地域社会とともに成長する
つない堂が創る信頼の輪
私たち四方継は、「つない堂」という活動を通じて、地域社会に深く根ざしています。
つない堂は、様々な分野で優れた知見を持つ人、事業所、サービスを発掘し、リアルなネットワークを構築する取り組みです。インターネット検索に頼らなくても、信頼できる情報やサービスにアクセスできる、安心安全な循環型地域社会のハブを目指しています。
マイスター高等学院の生徒たちは、この活動を通じて、建築技術がどのように地域社会に役立つのかを実感します。
例えば、「伊川リバーフェスタ」や西区役所主催の「エニシミーツ」といった地域イベントへの参加。「能登半島輪島市黒島地区の重要伝統的建築物の修復」のような文化継承活動への関わり。地域の子どもたちの学びを支える「しずく学習塾」の運営支援。
これらの活動を通じて、生徒たちは技術を学ぶだけでなく、その技術を使って地域や社会に貢献する意識を育んでいきます。
社会課題解決を目指す視点
私たちは、建築の枠を超えた持続可能なビジネスモデルの探求も続けています。
偶数月に開催する「継塾」では、例えばゴミの収集運搬業を営む企業のビジネスモデル刷新について議論するなど、社会全体の課題解決にコミットしています。
マイスター高等学院の教育は、こうした長期的な視点と社会課題解決を目指す倫理観に裏打ちされています。生徒たちが将来、建築を通じて社会に貢献するための基盤を、確実に築いているのです。
未来への架け橋として
マイスター高等学院は、高校卒業という基礎を確保しながら、大工をはじめとする建設業の職人としての確かな技術を身につけさせる、革新的な教育機関です。
ただの職人育成プログラムではありません。技術と精神性を次世代に継承し、私たち四方継の理念である「四方良し」を体現する事業なのです。
現代の若者たちが、高性能なGX志向型住宅の施工技術から、愛知県産杉材を用いた空間づくり、伝統的な木摺りによる丁寧な下地づくりまで、幅広いものづくりの真髄を学ぶ。そして、地域社会の信頼の輪の中で成長していく。
これこそが、日本の建築文化と技術の未来を守るための、最も確かな一歩だと私たちは信じています。
伝統と革新の融合
マイスター高等学院の教育を一言で表現するなら、それは「伝統と革新の融合」です。
何百年も受け継がれてきた職人の技術と精神を大切にしながら、同時に最新の建築技術や環境性能への対応も学ぶ。古いものを守るだけでなく、新しい価値を創造していく。
生徒たちは、高校卒業という強固な基盤の上に、高度な職人技術を積み重ねていきます。ただ技術が高いだけでなく、変化に対応できる柔軟性と、専門性の両方を兼ね備えた存在となるのです。
そして何より大切なのは、この学びを通じて「文化を継承し、未来を切り開く」という使命感を持った人材に育っていくことです。
私たちは、マイスター高等学院の一期生、二期生、そしてこれから入学してくる若者たちが、10年後、20年後に、日本の建築業界を支える中心的な存在になっていると確信しています。
職人不足という危機を、人材育成という希望に変える。マイスター高等学院は、そのための挑戦を続けていきます。
