はじめに:効率性に宿る丁寧なものづくりの心
神戸市西区で「つむぎ建築舎」を運営する私たち株式会社四方継は、「人、街、暮らし、文化を継ぎ、四方良しを実現する」という企業理念のもと、日々ものづくりに取り組んでいます。
この理念を体現するために、私たちが何よりも大切にしているのが「受け継がれる価値のある丁寧なものづくり」です。この丁寧さは、完成した建物の美しさや耐久性だけではなく、資材をどう扱うか、特に部材を切り出す際の効率性と精度にも深く関わっています。
今回ご紹介するのは「木取り」という職人技術です。木取りとは、限られた寸法の原板から、設計図通りに無駄なく部材を切り出すための計画技術のこと。これは私たち職人や設計士にとって、最も重要な専門技術の一つなのです。
現代では共働き世帯が当たり前となり、住まいに求められるものも変化しています。効率的な空間利用やラク家事を実現するオーダーメイドの造作家具や収納が、多くのご家庭で必要とされています。こうした細やかなニーズに応えるためには、資材を経済的かつ環境負荷を抑えて活用する木取りの専門性が欠かせません。
この記事では、お客様からご要望いただいたコンパクトなワークデスクの製作事例を通じて、私たちが実践する「木取りの極意」を詳しく解説します。この専門的なプロセスが、どのようにお客様の暮らしに貢献し、私たちの技術力と信頼性を確立しているのかをお伝えします。
木取りとは何か:910mm×1820mmの挑戦
木取りの技術は、資材の規格と求められる部材の寸法との間で、最高のパズルを解くようなものです。
3×6判という制約の中での最適解
先日、お客様からご依頼いただいたコンパクトなワークデスクの製作では、木取りの専門性を存分に発揮しました。このデスクは、3×6判と呼ばれる910mm×1820mmの合板1枚から作られています。
私たち職人の目標は、この3×6判の一枚から、なるべく無駄のないように部材を取ることです。この「なるべく無駄のないように」という言葉には、プロとしての深いこだわりが込められています。
合板は決して安価な資材ではありません。切り出した後の端材が多ければ多いほど、コストが高くなり、環境への負荷も増大します。天板、側板、棚板など複雑な部材構成を、いかにこの限られた原板の範囲内に収めるか。これは高度な幾何学的・経済的計画能力を要する作業なのです。
実際の木取り計画では、各部材の寸法を1ミリ単位で検討し、木目の方向や強度も考慮しながら、最も効率的な配置を何度もシミュレーションします。時には部材の順序を入れ替えたり、切断の順番を工夫したりすることで、わずか数センチの端材を減らすことができます。
資源効率への真剣な取り組み
木取りの効率は、単なるコスト削減を超えた、企業の倫理観に関わる問題だと私たちは考えています。
私たちが推進しているGX志向型住宅は、温室効果ガスの排出削減と経済成長の両立を目指す取り組みです。合板1枚を最大限に使い切る木取りは、廃棄物の削減に直結し、環境への負荷を最小限に抑えることができます。
今回のデスク製作に使用したシナの共芯合板のような素材を選定する際にも、私たちは品質だけでなく、サスティナブルな建材を扱っている業者との見学会を行うなど、資源の背景にも配慮しています。こうした姿勢が、長期的にお客様との信頼関係を築く基盤となっていると実感しています。
木取りが実現する現代の暮らしの最適化
効率的な木取りによって生み出されたコンパクトデスクは、現代のお客様の生活様式、特に「暮らし」のストレス軽減に貢献する専門的な解決策となります。
多機能化する住宅空間への対応
現代の住宅空間は、以前に比べて多機能化が進んでいます。ワークデスクは単に仕事をする場所ではなく、子どもの学習スペースや、家族が一時的に作業をするためのマルチスペースとして機能することが求められています。
3×6判という限られた資材から製作されたコンパクトなデスクは、リビングや多目的室の一角など、限られたスペースに最適化されます。例えば、賑やかで楽しい3人の女の子とおしゃれなご夫婦が暮らすお宅では、それぞれの個性が光る空間づくりが求められました。
造作家具は空間の意匠性を高めつつ、機能的な役割を果たします。効率的な木取りは、設計の自由度を下げることなく、お客様の望みを形にするための経済的な土台となるのです。
ラク家事を支える造作家具
木取りによる効率的な造作は、家事のストレスを軽減し、共働き世帯の暮らしを支える重要な要素です。
ラク家事は共働きママにとって時短を叶えるサバイバルツールとして優先度が増大しています。デスクや収納がその場に最適化されていれば、家事動線や片付けの効率が格段に向上します。
また、老後を見据えた平屋が人気であるように、私たちは長期的な視点での設計を重視しています。コンパクトデスクのような造作家具も、世代を超えて使える耐久性と、生活の変化に柔軟に対応できる配置のしやすさを考慮して設計されています。
実際、以前製作した造作デスクを使っていただいているお客様からは、「成長する子どもに合わせて配置を変えられて便利」「リモートワークから趣味のスペースへと用途を変えても違和感がない」といった嬉しいお声をいただいています。
女性建築設計士の視点を活かしたコミュニケーション
精度の高い木取り計画は、お客様の細やかなニーズを深く汲み取るコミュニケーションを通じて立案されます。
私たちは女性建築設計士と大工による細やかなコミュニケーションを重視しています。女性設計士の視点から、デスクの高さ、奥行き、必要な収納の量など、使用者にとって本当に使いやすい寸法が決定されます。
例えば、お子様が使うデスクの場合、将来の身長の伸びを見越した高さ調整の余地を設けたり、ランドセルや教科書を置くスペースを動線上の最適な位置に配置したりします。この緻密な寸法計画こそが、効率的な木取り図を作成するための前提となるのです。
技術の裏付け:職人育成と継承への取り組み
木取りの極意を現場で確実に実行できるのは、私たちの技術者集団が、組織的な教育体制と継続的な技術向上に取り組んでいるからです。
マイスター高等学院による人材育成
複雑な木取り計画を誤差なく実行する能力は、体系的な職人育成によって培われています。
私たちは2023年4月に「マイスター高等学院」を開校しました。これは高校卒業の資格を取りながら、大工など建設業における職人としての技術を身につけることができる通信制高校です。
木取りのような高度で専門的な技術を未来へ確実に継承していくためには、若い世代への教育が不可欠です。マイスター高等学院では、実際の現場で使われる木取りの技術を、理論と実践の両面から学ぶことができます。
若手職人たちは、まず基本的な寸法の読み取りから始め、徐々に複雑な部材の配置計画を立てられるようになります。先輩職人の指導のもと、実際の合板を前に何度も木取り図を描き直し、最も効率的な方法を探る訓練を重ねています。
職人起業塾による経営視点の醸成
2013年に開講し、2016年に一般社団法人として全国展開した「職人起業塾」は、職人のイントラプレナーシップ、つまり社内起業家精神の醸成を目的としています。
この経営視点を持つ職人は、木取りの効率が企業の利益とお客様のコストに直結することを深く理解し、最高の効率を目指します。単に技術が優れているだけでなく、なぜその技術が必要なのか、どう社会に貢献できるのかを考えられる職人の育成こそが、私たちの強みです。
職人起業塾で学んだメンバーは、現場で後輩に技術を教える際にも、単なる手順ではなく、その背景にある理念や目的を伝えることができます。こうした教育の積み重ねが、組織全体の技術力向上につながっています。
精度へのこだわりと美意識
木取りの精度は、住宅の基本性能を左右する他の高度な施工技術と共通する、職人の美意識に基づいています。
以前、愛知県の歯科クリニックの現場で、左官の下地である木摺りを施工した際のことです。この木摺りは最終的に左官材で隠れてしまうのですが、その仕上がりは「隠れてしまうのがもったいないくらい」の美しさでした。
木取りも同様です。最終的に隠れてしまう端材の効率化にも手を抜かない。これが「受け継がれる価値のある丁寧なものづくり」の哲学の現れなのです。
高性能住宅の要である断熱気密工事においても、すき間から空気が漏れないようにしっかり丁寧に施工していくことを徹底しています。木取りにおけるミリ単位の精度への追求は、この高気密施工で培われた一切の妥協を許さない姿勢の応用と言えます。
木取りプロセスが築く長期的な信頼
木取りの技術は、単発の家具製作の成功だけでなく、お客様との長期的な信頼関係を構築し、企業全体の信用を支えています。
無料巡回メンテナンスによる長期サポート
効率的な木取りによって生み出された造作家具は、住宅と一体であり、その後の長期的なサポートが不可欠です。
私たちは2009年より、「すべてのお客様に生活の安心・安全を」を合言葉に、無料巡回メンテナンスサービスを本格化させています。神戸近郊に限られますが、この長年の経験に基づくサポート体制が、オーダーメイド家具を含む、お客様の暮らしの長期的な安心を保証しています。
実際に、数年前に製作した造作家具の調整や、経年変化に対応した微調整など、お客様の暮らしの変化に寄り添ったメンテナンスを提供しています。こうした継続的な関わりが、お客様との信頼関係を深めています。
専門プロセスの見える化
住宅建築全体で徹底している「専門家としての提案・計画から施工プロセスの見える化」は、木取りのような専門的なプロセスが、資材の効率的な活用と品質維持のために行われていることをお客様に理解していただくための重要な取り組みです。
木取り図をお客様にお見せしながら、「この配置にすることで端材を最小限に抑えられます」「この木目の方向が強度と美しさを両立させます」といった説明を丁寧に行います。こうした透明性のある対応が、お客様の安心と信頼につながっています。
未来創造企業としての社会的責任
私たちの木取り技術が、資源効率やコスト削減を通じて社会に貢献している事実は、対外的な評価によっても裏付けられています。
2022年、私たちは一般社団法人日本未来企業研究所より「未来創造企業」として認定されました。これは、私たちの「地域を守り次世代に継なげる事業を目指す」という理念に基づいた事業運営が、持続可能であり、社会的な意義を持つことの証明となっています。
偶数月に開催される研修会「継塾」では、CSVモデル、つまり社会課題解決型ビジネスに焦点を合わせるなど、協力会社とともに資源効率や社会課題解決を目指す知識を共有しています。木取りの効率化は、サプライチェーン全体の持続可能性への貢献という、未来創造企業としての責任を果たすための具体的な実践例なのです。
おわりに:木取りは四方良しを実現する技術
お客様からご要望いただいたコンパクトなワークデスクの事例に凝縮された「木取りの極意」は、3×6判の合板1枚から無駄なく部材を取るという、高度な専門技術の結晶です。
この技術は、資材の効率的な活用による環境への配慮、お客様のコスト削減、そして複雑な現代の暮らしに最適化された造作家具の実現を可能にします。単なる技術ではなく、お客様、職人、地域社会、そして環境すべてにとっての「四方良し」を実現する手段なのです。
私たちは、マイスター高等学院による人材育成を通じた技術継承、女性建築設計士と大工による細やかなコミュニケーション、そして無料巡回メンテナンスサービスに裏打ちされた長期的な信頼関係をもって、これからも木取りのような基礎的な技術にこそ徹底的にこだわります。
見えない部分にこそ手を抜かない。効率を追求しながらも品質を妥協しない。こうした姿勢が、受け継がれる価値のある丁寧なものづくりを支えています。
私たち株式会社四方継は、これからも「人、街、暮らし、文化を継ぎ、四方良しを実現する」という使命を果たすために、木取りをはじめとする職人技術を磨き続けてまいります。
