はじめに
株式会社四方継(創立当時は有限会社すみれ建築工房)の歴史を振り返ると、2003年が大きな転換点となっています。この年、私たちはリフォーム事業に本格的に進出し、「職人による直接施工」という手法を採用しました。
この決断が、私たちの事業を根本から変えることになります。下請け中心だった事業構造から、お客様と直接向き合う元請中心の営業へ。単なるビジネスモデルの変更ではなく、お客様との信頼関係を築く新しい形を見つけた瞬間でした。
今日は、この2003年の転機について、当時の背景や決断の理由、そしてそれが私たちにもたらした変化について、詳しくお話しします。
転機を支えた創業からの経験と技術力
大工集団「高橋組」時代の基礎づくり
2003年のリフォーム事業での成功は、決して突然起きた奇跡ではありません。それは、1994年4月1日の創業から約10年間、大工集団として現場で積み重ねてきた経験があったからこそ実現できたものです。
私たちのルーツは、神戸市西区大津和で創業した大工集団「高橋組」にあります。創業当初、高橋組は大手住宅メーカーの特約工務店として活動していました。この大手メーカーとの仕事が、私たちの技術力の源泉となりました。
大手メーカーの品質基準は想像以上に厳格です。ミリ単位の精度が求められ、納期も厳しい。その中で、私たちは以下の重要なことを学びました。
まず、品質の徹底管理です。どんな現場でも、常に一定水準以上の品質を維持する。そのための細部にわたる施工技術と、組織的な品質管理の方法を身につけました。
次に、効率性と正確性の追求です。厳しい納期の中で高品質を維持するには、無駄のない施工プロセスと、技術的な正確性が不可欠です。毎日の現場で、この両立を実践し続けました。
この創業時の「受け継がれる価値のある丁寧なものづくり」を実践する経験こそが、後の「職人による直接施工」で提供する最大の付加価値となったのです。
法人化と新築経験がもたらした視野の拡大
2002年、私たちは有限会社すみれ建築工房として法人化しました。現場での経験を基盤に、事業の永続性と責任を明確にするための重要な一歩でした。
この際、一般建設業の許可を取得し、元請として新築工事の受注を開始しました。新築工事の経験は、リフォーム事業を展開する上で非常に重要な知見を与えてくれました。
新築では、建物を基礎から作り上げるため、構造や設計に関する深い理解が必要です。この知識があることで、既存の建物を改修する際にも、表面的な作業ではなく、建物全体の構造を理解した上での提案と施工が可能になります。
例えば、お客様から「この壁を取りたい」というご要望をいただいた時、構造を理解していないと単に壁を取り除くだけになってしまいます。しかし、構造を理解していれば、「この壁は構造上重要なので、代わりに梁を入れる必要があります」といった安全で長期的な価値を考えた提案ができるのです。
職人による直接施工が顧客の心をつかんだ三つの理由
理由その一:コストの透明性と適正化
2003年当時、建築・リフォーム業界には大きな問題がありました。元請け会社と実際に施工する職人の間に、複数の業者が介在することが一般的だったのです。
この構造には、お客様にとって二つの大きなデメリットがありました。一つは、中間マージンが積み重なることで費用が高くなること。もう一つは、自分が支払うお金が何にどれだけ使われているのか分からないことです。
「見積もりを見てもよく分からない」「なぜこんなに高いのか」。多くのお客様が、こうした不安や不満を抱えていました。
私たちの「職人による直接施工」は、この問題を根本から解決しました。中間業者を介さず、私たち職人が直接お客様と契約し、施工します。中間マージンが削減され、コストが適正化されるだけでなく、費用の内訳も明確になります。
「材料費がこれだけ、職人の手間がこれだけ、その他の費用がこれだけ」。お客様は、支払う費用の内訳を明確に理解できるため、価格に対する納得感が得られます。この透明性が、お客様との信頼関係を築く第一歩となりました。
理由その二:品質の保証と責任の明確化
リフォームをお考えのお客様が最も不安に感じること。それは、「誰が、どれくらいの技術で、どこまで責任を持って施工してくれるのか」という点です。
従来の構造では、お客様が契約するのは元請け会社で、実際に施工するのは下請けの職人です。お客様からすれば、「実際に工事をする人の顔が見えない」「要望が正しく伝わっているか不安」という状況でした。
私たちの「職人による直接施工」は、この不安を完全に解消しました。創業以来、大手メーカーの現場で鍛えられた職人が、自らの技術と経験に直接責任を負います。
お客様は、現場で作業を行う職人の顔が見え、直接要望を伝えることができます。「ここをもう少しこうしてほしい」「この色合いはどうでしょうか」。そうした細かな相談を、その場で施工する職人と直接できる安心感は、計り知れないものがあります。
この透明性と直接的なコミュニケーションこそが、現在のつむぎ建築舎が実践する「女性建築設計士と大工による細やかなコミュニケーション」や「施工プロセスの見える化」という理念の原点なのです。
理由その三:要望の迅速かつ正確な反映
建築やリフォームの現場では、当初の計画から変更が生じることがよくあります。「実際に壁を開けてみたら、思っていたより配管が複雑だった」「完成イメージを見て、やっぱり色を変えたい」。こうした現場での変更や追加の要望は、決して珍しいことではありません。
しかし、中間業者が多い従来の構造では、お客様の要望が職人に届くまでに時間がかかります。お客様から営業担当者へ、営業担当者から現場監督へ、現場監督から職人へ。この伝言ゲームのような流れの中で、情報が歪んだり、ニュアンスが変わったりするリスクもあります。
私たちの直接施工では、このコミュニケーションロスがゼロです。お客様の要望や現場で気づいた点が、その場で職人に直接伝わり、迅速かつ正確に施工に反映されます。
「今日お客様から聞いた要望を、明日の作業から反映できる」。このスピード感と正確性が、お客様の満足度を大きく高めました。結果として、2003年のリフォーム市場で大きな反響を呼び、口コミで評判が広がっていったのです。
元請転換がもたらした事業の進化
設計専門性との統合による提案力の向上
職人による直接施工が成功し、元請中心の営業に転換したことで、私たちの事業は大きく進化しました。元請としてお客様のプロジェクト全体に責任を持つには、技術力だけでなく、経営力と設計力も必要になります。
2005年、私たちは2級建築士設計事務所の登録を行いました。確認申請業務や設計業務を充実させることで、創業からの現場経験と設計者としての専門性を組織内で統合し、お客様への提案力が大幅に向上しました。
それまでは、お客様から「こんな家にしたい」というご要望をいただいても、設計は別の設計事務所に依頼していただく必要がありました。しかし、設計事務所登録後は、設計から施工まで一貫してお任せいただけるようになったのです。
この変化は、お客様にとって大きなメリットがありました。設計者と施工者が別々だと、「設計図通りに作れない」「設計の意図が施工に伝わらない」といった問題が起きることがあります。しかし、私たちなら設計も施工も同じ組織内で行うため、そうした問題が起きません。
さらに2007年には、職人技術と設計専門性を融合させた規格化注文住宅「sumika(スミカ)」の開発・販売をスタートしました。規格化注文住宅とは、ある程度の型を用意しつつ、その中でお客様の好みに応じてカスタマイズできる住宅のことです。完全自由設計よりコストを抑えながら、建売住宅より自由度が高いという、両方のいいとこ取りを実現しました。
同じ年、私たちは店舗設計とマネジメント提案の研究も兼ねて、飲食事業部を設立しました。建築の枠を超えた専門性を探求する挑戦です。店舗を設計するだけでなく、実際に飲食店を運営することで、「使い勝手の良い店舗とは何か」を肌で学ぶことができました。
職人育成という新しい使命
元請中心の営業は、職人たちに新しい意識を芽生えさせました。それは、技術だけでなく経営者としての視点を持つことの重要性です。
下請けとして働いているときは、「言われた通りに、きちんと施工する」ことが仕事でした。しかし、元請としてお客様と直接向き合うようになると、「お客様が何を求めているのか」「どう提案すればお客様の満足度が高まるのか」といった経営的な視点が必要になります。
この経験から、私たちは職人育成の重要性を強く認識しました。そして2013年、高橋剛志代表は「社員大工のキャリアアップと地域の職人の活性化」を目的に、職人起業塾を開講しました。
職人起業塾は、単に職人を独立開業させるための塾ではありません。私たちが目指したのは、イントラプレナーシップ、つまり社内起業家精神の醸成です。
イントラプレナーシップとは、会社に所属しながらも、起業家のように主体的に考え、行動する精神のことです。職人一人ひとりが「自分は単なる作業者ではなく、お客様の夢を実現するプロフェッショナルだ」という意識を持つこと。それが、2003年の元請転換で私たちが直接負うことになった「顧客への責任」を、組織的に担保する仕組みだったのです。
この教育プログラムは業界から高く評価され、2016年には一般社団法人職人起業塾として全国展開を果たしました。私たちの挑戦が、業界全体に広がる動きとなったことは、大きな誇りです。
「四方良し」の理念実現に向けて
すべての関係者に価値を提供する基盤
2003年のリフォーム事業進出と元請への転換は、単に企業の収益構造を改善しただけではありません。それは、私たちが目指す理念「人、街、暮らし、文化を継ぎ四方良しを実現する」を達成するための基盤となりました。
「四方良し」とは、作り手、住み手、協力会社、地域社会の四者すべてにとって良い状態を実現することです。元請化は、この四方すべてに対して直接責任を負う基盤となりました。
住み手への貢献としては、お客様との直接的な信頼関係をベースに、長期的な安心を提供しています。2009年には無料巡回メンテナンスサービスを開始し、建てた後もずっとお客様に寄り添う体制を整えました。
作り手への貢献としては、職人たちが経営視点を持ち、正当に評価される仕組みを作りました。職人起業塾はその代表例です。また、協力会社とは対等なパートナーとして、共に成長する関係を築いています。
地域社会への貢献としては、地域を守り次世代につなげる事業として、様々な活動を展開しています。地域の子どもたちの学びを支える「しずく学習塾」の運営支援(つない堂)や、地域の安心安全なネットワーク構築など、建築業の枠を超えた活動へと範囲を広げています。
未来を担う人材育成への挑戦
2003年の転機から20年後の2023年、私たちは新しい挑戦を始めました。それが、マイスター高等学院の設立・開校です。
マイスター高等学院は、日本の建築業界の未来を担う人材を育成するための学校です。高橋剛志代表の「モノづくりの担い手を子供の憧れの職業にすることを目指す」という強い思いを具現化したものです。
なぜ、工務店が学校を作るのか。それは、私たちが2003年以降の経験を通じて、「作り手」の価値を高めることの重要性を痛感したからです。
職人による直接施工で得た教訓。それは、技術力の高い職人がお客様と直接向き合うことで、はじめて本当の信頼関係が生まれるということです。しかし、その職人を育てる仕組みが業界全体で不足していました。
マイスター高等学院は、単に技術を教えるだけの学校ではありません。職人としての技術はもちろん、お客様とのコミュニケーション能力、経営的な視点、そして何より「誇りを持ってモノづくりに取り組む姿勢」を育てる場所です。
創業から続く「作り手」の価値を高め、「文化」を継承するという理念が、教育という形で結実したのが、このマイスター高等学院なのです。
おわりに
振り返ると、2003年のリフォーム事業への進出と「職人による直接施工」の導入は、私たち株式会社四方継にとって、まさに革命的な出来事でした。
大工集団「高橋組」として培ってきた確かな技術と経験を武器に、お客様が求める「透明性」と「品質保証」に正面から応えた。その結果、市場から揺るぎない信頼を勝ち取ることができました。
この成功が、下請け中心から元請中心への転換を可能にし、設計専門性の強化、規格化住宅の開発、職人育成という、その後のすべての革新的な事業展開の基礎となりました。
職人による直接施工は、単に工事の手法を変えたのではありません。それは、「作り手」と「住み手」の関係性を再定義し、私たちの理念である「四方良し」を実現するための、強固で透明性の高い信頼の構造を確立した、歴史的な一歩だったのです。
これからも、私たちはこの2003年の原点を忘れず、お客様との直接的な対話を大切にしながら、より良い住まいづくり、そして地域づくりに貢献していきます。
お客様の「こんな暮らしがしたい」という夢を、職人の確かな技術で実現する。そのシンプルでありながら最も大切なことを、これからも追求し続けていきます。
