はじめに：私たちが大切にする「四方良し」の考え方
株式会社四方継は、創業以来「人、街、暮らし、文化を継ぎ 四方良しを実現する」という理念を掲げてきました。この「四方良し」とは、作り手である私たち職人、住み手であるお客様、協力会社の皆様、そして地域社会の四者すべてが幸せになることを意味しています。
住宅の価値は、高い断熱性能や最新の設備だけでは決まりません。それを創る人の技術力と想い、そしてそれを守り続ける組織の力があってこそ、本当に価値ある住まいが生まれます。
私たちは2013年から「職人起業塾」という独自の教育プログラムを展開してきました。この塾について、よく「職人の独立を支援する場所ですか」と質問されます。しかし実は、私たちが目指しているのはまったく違うことなのです。
今回は、職人起業塾が推進する「イントラプレナーシップ」という考え方と、なぜ私たちが独立ではなく組織内での成長にこだわるのかをお伝えします。
職人起業塾とは何か：誤解されがちな本当の目的
2013年にスタートした職人育成の新しいカタチ
職人起業塾は、社員大工のキャリアアップと地域の職人の活性化を目的に、2013年に開講しました。その後、プログラムの価値が認められ、2016年には一般社団法人として法人化され、現在では全国に展開されています。
「起業塾」という名前から、多くの方が「職人を独立させるための塾」と思われるかもしれません。しかし、これは大きな誤解です。
イントラプレナーシップという新しい働き方
私たちが職人起業塾で育てたいのは「イントラプレナーシップ」、つまり社内起業家精神です。これは、組織の中にいながら、まるで自分が経営者であるかのように主体的に考え、行動する姿勢のことを指します。
具体的には、与えられた仕事をこなすだけでなく、現場で起こる問題に対して自ら解決策を考え、提案し、実行する力です。建築現場では予期せぬ課題が日常的に発生します。そのとき、上からの指示を待つのではなく、自分の判断で最適な方法を選択できる職人こそが、本当のプロフェッショナルだと私たちは考えています。
職人起業塾を卒業した社員たちは、単なる技術者から、会社全体の成長を担う「社内起業家」へと成長していきます。彼らは自分の仕事が会社の利益、お客様の満足、そして「四方良し」の理念にどう貢献しているかを深く理解し、常により良い方法を模索し続けます。
なぜ独立ではなく組織内での成長なのか
独立がゴールではない理由
建設業界では、技術を磨いた職人が独立して一人親方になるというキャリアパスが一般的でした。しかし、私たちはあえてそのルートを推奨していません。なぜでしょうか。
一人で独立すると、確かに自由は得られます。しかし同時に、すべてを一人で背負わなければなりません。営業、施工、品質管理、経理、顧客対応。これらすべてを高いレベルで維持することは、想像以上に困難です。
それよりも、組織の中で自分の強みを最大限に発揮し、仲間と協力しながら大きなプロジェクトに挑戦する。その方が、職人としても、一人の人間としても、豊かなキャリアを築けると私たちは信じています。
組織だからこそできること
私たちが手がけるのは、高性能ゼロエネルギー住宅「SUMIKA-ZERO」や、GX志向型住宅といった、高度な技術と知識が求められる建築です。2012年に開発したSUMIKA-ZEROは、国土交通省のゼロエネルギー推進化住宅に認定されるなど、その性能は公的にも認められています。
こうした高性能住宅を実現するには、一人の力では限界があります。断熱、気密、設備、構造。それぞれの分野のスペシャリストが協力し、最新の知識を共有しながら進めるからこそ、お客様に最高の住まいを提供できるのです。
例えば、スキップの家における断熱気密工事では、すき間から空気が漏れないように、ミリ単位の精度で施工することが求められます。これは単なる技術だけでなく、なぜその精度が必要なのかという理論の理解と、チーム全体での品質意識の共有があってこそ実現できることです。
イントラプレナーが組織にもたらす三つの価値
一つ目：現場から生まれる革新
イントラプレナーシップを持つ職人は、現場で「なぜ」を問い続けます。なぜこの方法で施工するのか、もっと良い方法はないのか、お客様にとって本当に最善なのか。
愛知の歯科クリニックの現場では、左官の下地として柱の両側に細い木を細かいピッチで留める「木摺り」という伝統的な技法を採用しました。これは手間のかかる工法ですが、仕上がりの美しさと耐久性において圧倒的な優位性があります。
この判断ができるのは、職人が単に作業をこなすだけでなく、建築全体の品質を自分事として考えているからです。現場からの提案が、最終的な建築の価値を大きく高めることは少なくありません。
二つ目：技術の継承と進化
イントラプレナーは、伝統技術への敬意と、新技術への挑戦意欲を併せ持ちます。
私たちは最近、まだ日本国内で3棟目となる「KANSO」という構法を採用しました。これはスイスの建築家との連携によって実現したプロジェクトで、従来の日本建築にはない発想が取り入れられています。
こうした挑戦ができるのは、組織として技術を蓄積し、共有する仕組みがあるからです。若手職人は先輩から伝統技術を学び、同時に新しい技術情報にもアクセスできる。個人では難しい技術の継承と進化が、組織では自然に行われます。
三つ目：次世代への責任
職人起業塾で学んだ社員たちは、自分たちの役割が次世代の育成にもあることを理解しています。
建築業界は深刻な職人不足に直面しています。この問題に対処するため、私たちは2023年4月に「マイスター高等学院」を開校しました。これは高校卒業資格と大工などの職人技術の習得を両立させる通信制高校です。
職人起業塾の卒業生たちは、マイスター高等学院の生徒たちにとってのロールモデルとなっています。高い技術力だけでなく、ビジネス感覚と社会貢献意識を持つプロフェッショナルの姿を見せることで、「ものづくりの担い手を子供の憧れの職業にする」という目標に近づいています。
地域社会とともに成長する組織
建築を超えた社会貢献
私たちが目指すのは、単に良い建物を作ることではありません。建築を通じて、地域社会全体を豊かにすることです。
信頼を軸に人と人を繋ぐメディア「つない堂」の運営、伊川リバーフェスタ、西区もくいく、西区役所主催の「エニシミーツ」といった地域イベントへの参加。これらすべてが、「いい街を次世代に継ぐ」という私たちのビジョンに繋がっています。
社会課題解決型のビジネスモデル
偶数月に開催している「継塾」では、建築の枠を超えた対話を行っています。例えば、ゴミの収集運搬業を営む企業のビジネスモデル刷新について議論したこともあります。
これは「CSV」、つまり社会課題解決型ビジネスモデルへの取り組みです。利益を追求するだけでなく、その過程で社会の課題を解決する。イントラプレナーシップを持つ社員は、こうした視点を自然に持つようになります。
建築で得た利益を地域に還元し、地域の活性化がまた新しい仕事を生み出す。この好循環こそが、持続可能な「四方良し」の実現に不可欠なのです。
高性能住宅を支える職人の意識改革
GX志向型住宅への挑戦
現在、私たちが力を入れているのがGX志向型住宅です。GXとは「グリーントランスフォーメーション」の略で、温室効果ガスの排出削減と経済成長の両立を目指す取り組みです。
高い断熱性能と高効率設備の導入によって、一次エネルギー消費量を大幅に削減する。これは技術的に高度な挑戦ですが、同時に職人一人ひとりの意識改革も必要です。
なぜこの材料を使うのか、なぜこの施工方法なのか。環境性能と住み心地の関係を理解し、お客様に説明できる職人でなければ、本当の意味での高性能住宅は実現できません。
住まい手がまだ気づいていない望みを形にする
私たちがよく使う表現に「住まい手がまだ気づいていない、知らない望みを形にする」というものがあります。
お客様は、自分が何を求めているのか、必ずしも明確に言語化できるわけではありません。漠然とした理想や、まだ意識していない潜在的なニーズがあります。
それを読み取り、専門家として最適な提案をするのが、イントラプレナーシップを持つ職人の役割です。単に図面通りに作るのではなく、お客様の暮らしを深く想像し、十年後、二十年後まで見据えた提案をする。そこに職人としての真の価値があります。
人生を変える体験が、人生を変える
職人起業塾のプログラムの本質
職人起業塾では、技術研修だけでなく、ビジネス感覚とリーダーシップの育成にも力を入れています。
「人生を変える体験が人生を変える」これが私たちの研修の根底にある哲学です。単なる知識の習得ではなく、実際に現場で主体的に判断し、行動し、その結果から学ぶ。この経験の積み重ねが、職人を真の社内起業家へと成長させます。
例えば、プロジェクトの収支管理を任されたとき、職人は初めて自分の仕事が会社の経営とどう結びついているかを実感します。材料費、人件費、品質、納期。すべてのバランスを考えながら最適な判断をする経験は、単なる技術者から経営的視点を持つプロフェッショナルへの転換点となります。
組織全体が進化する仕組み
一人の職人がイントラプレナーシップを身につけると、その影響は周囲に広がります。主体的に考え、提案し、実行する姿勢は、チーム全体に伝播していきます。
組織全体が自己変革できる集団になる。これが職人起業塾の最終的な目標です。外部環境の変化に柔軟に対応し、常に最善の方法を模索し続ける組織。そんな組織だからこそ、厳しい時代にあっても、お客様に最高の価値を提供し続けることができるのです。
おわりに：受け継がれる価値を創る
イントラプレナーシップが描く未来
職人起業塾が推進するイントラプレナーシップは、単なる人材育成プログラムではありません。それは、持続可能な建築業界、そして豊かな地域社会を実現するための基盤なのです。
独立をゴールとせず、組織の中で最高の価値を生み出し続ける。この哲学によって、作り手が成長し、住み手に最高の建築を提供し、協力会社との関係が深まり、地域社会が豊かになる。「四方良し」のサイクルが持続的に回り続けます。
世代を超えて受け継がれる建築
私たちの技術者集団は、最新の高性能技術と、丁寧なものづくりの哲学を融合させています。GX志向型住宅の環境性能と、木摺りや天然乾燥材を使った伝統技術。一見矛盾するようなこの二つを両立させることで、世代を超えて受け継がれる価値ある建築を実現しています。
建物は、それを創った人の想いとともに時を重ねていきます。イントラプレナーシップを持つ職人たちが丁寧に創り上げた住まいは、住む人の人生に寄り添い、やがて次の世代へと受け継がれていく。
そんな建築を、これからも私たちは創り続けていきます。